首里・那覇方言音声データベース

首里・那覇方言録音作業について

1. 録音作業概要

■首里方言

本録音作業は,『沖縄語辞典』の改訂作業の結果(見出し語約16,000件)を基礎テキストに用い,当時主な情報提供者であった久手堅憲夫さんと,野崎文子さんの協力を得てスタートしました。野崎さんは90歳を越す高齢にもかかわらず精力的に参加してくださいましたが,まもなく他界。その後同じく首里出身の仲里政子さんの協力により再開されました。録音には以前から『沖縄語辞典』改訂作業に関わってきた外間美奈子を中心に,仲村優子,仲間恵子,諸見菜々,関戸塩,田島由美江,米須瑠衣子らが参加しています。

録音環境と作業手順

音声収録には,県立芸術大学付属研究所が提供してくださったスタジオを使用。録音機材には,SONY DAT(digital audio tape)レコーダープレーヤー TCD-D10「デジタルデンスケ」,マイクは Audio-technica AT825 などを使用しています。   

基本的な作業手順として,久手堅憲夫さんと仲里政子さんが前もってテキストに目を通し,この時気づいた点などを当日,指摘し検討。その後,約2ページずつを録音し,一人が発音している間もう一方は喉を休めるというスタイルをとりました。当初は改訂テキストの見出し語と例文のみを録音する予定でしたが,もっと例文を増やした方が単語のイメージが湧きやすく,発音しやすいという話者の意見から,新たに例文を作成・追加することになりました。お二人の作られた用例にはそれぞれの個性や生活がにじみ出ており,かつての首里の暮らしを知る上でも貴重なものとなっています。

また,久手堅憲夫さんと仲里政子さんは,よい声質を保つために様々な工夫もなさっています。風邪を引かないよう毎日かかさず鼻うがいをしていらっしゃった仲里さん。録音2日前からは大好きな泡盛をひかえ,声の調子を整えてくださった久手堅さん。こうしたことと並行して,大量の見出し語に例文をつけるという,たいへん根気のいる作業を続けてこられました。お二人の熱意に,心から敬意と感謝を申し上げます。

■那覇方言

1990年より崎間麗進さんから採集している那覇の民俗語彙の中から,約1,800件の見出し語を取り上げて基礎テキストを作成。崎間さんの協力を得て録音を行いました。作業は以前から那覇方言の編集作業に関わっている外間美奈子と仲村優子が担当しています。

録音環境と作業手順

音声収録には,首里方言と同様に,県立芸術大学付属研究所が提供してくださったスタジオを使用。録音機材も同じく,SONY DAT(digital audio tape)レコーダープレイヤー TCD-D10「デジタルデンスケ」,マイクは Audio-technica AT825 などを用いました。

基本的な作業手順として,崎間さんに前もってテキストに目を通していただき,この時気づいた点や,変更,追加の必要な箇所などを,当日,検討・訂正しながら録音を行いました。

2. 音声提供者の紹介

久手堅憲夫 久手堅憲夫(くでけん のりお):1933(昭和8)年,首里真和志町生まれ。父は真和志町,母は首里鳥堀町出身。首里高等学校中退。市役所に勤務していたが,病気後,郷土研究とくに沖縄の地名研究に力を注ぐ。南島地名研究センター幹事。昨年,『首里の地名−その由来と縁起−』(第一書房)を出版。幼少の頃から年輩者との付き合いが深く,現在ではすでに失われてしまったことばや用法,民俗も継承している。

仲里政子 仲里政子(なかざと まさこ):1923(大正12)年,首里鳥堀町生まれ。父は鳥堀町,母は首里山川町出身。沖縄県女子師範学校卒業。元小学校教諭。年齢を感じさせないツヤと張りのある美声の持ち主。戦中戦後を生き抜き,40年近い教職を無事に勤められたことへの感謝の念から,退職後は視覚障害者のための朗読奉仕員など福祉活動につとめている。

崎間麗進 崎間麗進(さきま れいしん):1921(大正10)年,那覇泉崎町(旧上泉町)生まれ。父は旧上泉町,母は旧下泉町出身。那覇尋常高等小学校高等科卒業。幼少から郷土への関心が高く,会社役員在職中より沖縄の様々な文化事業に携わる。那覇市文化財調査審議委員,元沖縄芸能史研究会会長。1990年からは琉球大学にて那覇の民俗語彙を講義し,現在も続けられている。

録音風景
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