首里・那覇方言音声データベース

首里・那覇方言概説

沖縄中南部諸方言

首里那覇方言が属する沖縄中南部諸方言と沖縄北部諸方言の境界線は,太平洋側では石川市石川と金武町屋嘉のあいだに,東支那海側では恩納村谷茶と恩納村恩納のあいだにあります。そこから南の地域のことばが中南部諸方言です。沖縄中南部諸方言は,沖縄本島中部,南部とその周辺離島(久米島,粟国島,渡名喜島,渡嘉敷島,座間味島,阿嘉島,慶留間島,奥武島,浜比嘉島,平安座島,宮城島,伊計島)で話されています。この地域には琉球列島の人口の約6割が集中していて,他の方言圏に比べると全体としてまとまった方言圏をなしています。

北山,中山,南山の三つの地域が政治的に対立していた時代,沖縄本島の北半分を支配していた北山を,次いで南山を滅ぼして琉球列島を統一したのが中山で,その王都があったのが首里です。那覇は国際的な貿易港を擁して経済の中心地として栄えていました。首里方言は,琉球王府の辞令書などのことばとして,那覇方言は商売人のことばとして琉球語の中の共通語的な役割を果たしていました。首里方言と那覇方言は,アクセントやいくつかの単語に違いがありますが,全体としてみればよく似た方言です。本データベースでは便宜的にこの二つの方言を一括して取り扱っています。

敬語の発達

首里,那覇の方言の特徴は,なんといっても階級による言語差と敬語を発達させたことです。とくに首里方言には,国王を頂点にする階級制度があり,それを反映して,かつては階級,性別,年齢の違いに従って敬語が使い分けられていました。ことに士族と平民とでは大きく異なっていました。親族名称(呼称も)にははっきりと二つの系列がありました。

 おじいさんおばあさんおとうさんおかあさん
士族タンメーゥンメーターリーアヤー
平民ウスメーハーメースーアンマー

二人称代名詞には,目下や同等の者に対するイャー(おまえ),目下の年長者に対するナー(あんた),目上の人に対するウンジュ(あなた)があり,さらに目上に対してヌンジュ,ミュンジュという言い方がありました。「髪の毛」も通常はカラジと言いますが,ウンチョービ(おぐし・敬語)があり,さらにその上の敬語としてヌンチョービ,ミュンチョービがあったようです。

動詞にも「普通の言い方」「丁寧な言い方」「尊敬動詞」があります。

普通体丁寧体尊敬動詞
ユムン(読む)ユマビーン(読みます)ユミミシェーン(お読みになる)
チューン(来る)チャービーン(来ます)メンシェーン(いらっしゃる)

文学・演劇のことば

首里,那覇の方言は,琉歌や組踊,沖縄芝居などの文学や演劇のことばは基礎になっています。今では失われた首里士族男子の発音には,組踊の発音に共通するものがあります。

首里士族男子現在
スィナ /Sina/シナ /sina/
シナ /sina/シナ /sina/
ツィチ /ici/チチ /cici/
ミズィ /miZi/ミジ /mizi/

この首里士族男子の発音は,『沖縄語辞典』では音韻記号で区別されています。本データベースでは音韻記号では『沖縄語辞典』の区別をそのまま残していますが,かな表記では現在の発音に統一しています。

中国語との関係

琉球方言が本土方言と大きく異なっているうえに,かつて中国との結びつきが強かったために,琉球方言を中国語の1分派だと誤って理解している人がいます。琉球方言は,上にも述べたように,日本語の方言の一つですし,琉球方言にみられる漢語の多くは本土を経由して入ったものです。琉球王国がかつて中国と貿易を行なったり,中国からの帰化人が那覇の久米村に住んで王府の役人に取り立てられたり,中国への留学制度があったりしたため,首里那覇方言の語彙には中国から直接借用された単語があります。しかし,その数は多くなく,料理や衣料関係の語彙,その他文化的な単語が多く,基礎語彙にはほとんどみられません。

  • ヌンクー(暖鍋・料理名)
  • チンビン(巻餅・料理名) 
  • ラフテー(羅火腿・料理名)
  • セーファン(菜飯・料理名)
  • ティンガーチュー(天鵝絨・びろうど)
  • セーヤンプー(西洋布・綿布の一種)
  • ヤンジン(洋銀・ニッケル)  
  • フェーレー(憊懶・強盗)
  • ハイチェー(海賊)

【参考文献】

  1. 上村幸雄1963「琉球方言概説」(『沖縄語辞典』国立国語研究所編,大蔵省印刷局)
  2. 上村幸雄1963「首里方言の輪郭」(同上)
  3. 上村幸雄1963「首里方言の音韻と表記法」(同上)
  4. 上村幸雄1963「首里方言の文法」(同上)
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