首里・那覇方言音声データベース

ウグシク /uguSiku/ 1
(名詞) 御城

意味:

王の居城。首里城のこと。グシク guSikuは城。 首里のほぼ中央にあり、第二次大戦で焼失したが、その主な建物には次のようなものがあった。ムンダシー muNdaSii[もんだそへ・百浦添](首里城正殿。王が政務をとり、儀式などを行なった所。俗に カラファーフ karahwaahu[唐玻豊、唐破風]という。ムンダシー muNdaSiiとは百の浦浦を統べる意)、クガニウドゥン kuganiuduN [こがねおどん・常の御殿](王および、王の家族の居間)、ユブクイ 'jubukui [よぼこり・世誇]、ムンナミ muNnami[もんなみ・百次]、ウニーケーウドゥン uniikeeuduN、[二階御殿](王の個人的な座敷)、グスイン gusjuiN[御書院](王が政務の取り次ぎを受けた所)、ウクグスイン ukugusjuiN[奥御書院]、フェーヌウドゥン hweenuuduN[南殿](薩摩の使節を接待した日本風の建物)、ニシヌウドゥン nisinuuduN [北殿](中国使節を接待した中国風の建物)、グバンジュ gubaNzu [御番所]、チミフケイ cimihukui [きみほこり・君誇]、チミフクイウジョー cimihukuizoo[ きみほこりぢやう・奉神門](正殿の正面の大きい門)、ナガウジョー nagauzoo[広福門](門の名)、カグイシウジョー kaguisiuzoo [かごゐせおぢやう](ルッククムン ruQkukumu N [漏刻門]ともいう。門の名。ここまでかごで乗り入れることができた)、フィージャーウジョー hwiizaauzoo [ひぎやおぢやう・瑞泉門](そばにルーフィ ruuhwi [龍桶] がある。 その項参照)、アメーウジョー Ameeuzoo [あまゑおぢやう・歓会門](首里城の正門)、ウィーヌトゥリwiinuturiウィーントゥイ wiiNtui[うへあやぢやう・守礼門](正門の西の大通りにある門で、守礼之邦の四字を書いた額がある)、シムントゥリ simuNturi[しもあやぢやう・中山門](ウィーヌトゥリ wiiNturi と同じ大通りにあった門。その大通りを アヤジョーajazoo という)、ミムヌウジョー mimunuuzoo [みものおぢやう](門の名。女しか通れなかった)、ユスフィチヌウジョー 'jusuhwicinuuzoo[よそへちのおぢやう・右掖門]、フクイウジョー hukuiuzoo[ほこりおぢやう・久慶門]、カワルミウジョーkawarumiuzoo [かわるめのおぢやう]、ウナカウジョー unakauzoo [淑順門](女官の通う所にある門であるが、男も通れた)、アカタウジョー akatauzoo [あかたおぢやう・美福門](女のみ通る裏門)、シーチジウジョー SiiCiziuzoo [そへつぎおぢやう・継世門](一番外側の裏門。最も古く、昔の正門であったと伝えられている)、シルカニウジョー sirukaniuzoo[しろかねおぢやう・白銀門](王の死に際してのみ開く石の門)、タカアジャナ takaaZana [たかあざな](城の東側の石垣の上にある鐘楼。旗を立てて時を知らせた)、シマシーアジャナ simaSiiaZana[しまそへあざな]同じく、西の石垣上にある鐘楼)、カメー kamee [かまい]、ウチンビューウドゥン uci NbjuuuduN [御寝廟御殿](王の死んだ時に、死体をしばらく安置しておいた所。ウシンビューウドゥン usiNbjuu uduN ともいう)、ウング ヮ uNgwa [御蔵](ジングラ ziNgura [銭蔵]、カニグラ kanigura[金蔵]などの倉)、ウナー Unaa (正殿前の広庭) など。

関連標準語:

おう〔王〕〔王の居城〕しゅりじょう〔首里城〕〔首里城の門の名〕

管理者へメール ホーム 見出し語検索 標準語五十音別索引 方言五十音別索引 カテゴリー別索引 品詞別索引 ひとつ前に戻る ヘルプ