今帰仁方言概説今帰仁方言は,北琉球方言の中の沖永良部与論沖縄北部諸方言の下位方言の一つです。沖永良部与論沖縄北部諸方言は,沖永良部島,与論島,沖縄本島北部とその周辺離島(伊平屋島,伊是名島,伊江島,古宇利島,屋我地島,瀬底島,水納島)で話されている方言です。距離的には少し離れていますが,喜界島,沖縄本島南部の知念半島東方海上にある久高島,中部の勝連半島東方海上にある津堅島の方言もこのグループに入ります。 沖縄北部諸方言と沖縄中南部諸方言の境界線は,太平洋側では石川市石川と金武町屋嘉の間に,東支那海側では恩納村谷茶と恩納村恩納の間にあります。そこから北の地域のことばが沖縄北部諸方言で,与論島,沖永良部島まで共通の特徴がみられ,大きなまとまった方言圏を形成しています。 北山,中山,南山の三つの地域が政治的に対立していた時代,沖縄本島の北半分を支配していた北山の居城があったのが今帰仁です。北山王の次男が沖永良部の世の主(支配者)になり,三男が与論島の世の主になったという伝説があって,この地域の結びつきを象徴しています。 全体的な傾向として,標準語のハ行子音に対応してpが表れ,カ行の子音kがhに変化しています。今帰仁方言には,他の沖縄本島北部方言と共通する次の特徴があります。
今帰仁村の方言今帰仁村の方言は,まず,ムトゥジクトゥバ(本地方言)と古宇利島の方言とに分かれます。ムトゥジクトゥバ(本地方言)というのは,海を隔てた今帰仁の側を古宇利の人々がムトゥジ《本地》と呼んでいることによる命名です。
ムトゥジクトゥバ(本地方言)は,さらに,アガーリンシマークトゥバ(東部方言)と,イリンシマークトゥバ(西部方言)に分かれます。東部方言と西部方言の境界は,越地と平敷の間にあります。
今帰仁方言全体に共通する,今帰仁方言らしい特徴のひとつは,ターセン(高い),ミヂーラセン(珍しい)のように形容詞の語尾が「セン」になることです。 ぽーセン 多い, ヒけーラセン 少ない, フーセン 小さい, フぱーセン 固い, ヂャーセン 苦い 今帰仁方言のもうひとつの特徴は,語中の母音を長く伸ばすことです。特に,2番目,4番目の母音を長く伸ばします。 パナー 花, あラーシグーとゥ 荒仕事, ハたーパラー 傍ら 東部方言と西部方言の違いは,ア行で始まる単語の発音の違いに表れています。東部方言ではア行のままですが,西部方言では,このア行がハ行になります。
東部方言では,越地,謝名,仲宗根,玉城が一つのまとまりをなしています。同じ東部方言でも,天底,勢理客,渡喜仁,そして,運天,湧川の方言は,首里,那覇から移住してきた人々の占める割合が多く,方言にもその影響が表れています。 西部方言では,平敷,崎山,仲尾次,与那嶺の方言が似ていて,諸志と兼次がよく似た方言です。もっとも西の今泊がやや違った方言のようです。その隣りの本部町の具志堅,備瀬の方言にも今帰仁方言に似た特徴があります。全体としては,西部方言が今帰仁方言らしさを多く有していて,東に行くほど薄まっていく傾向にあるようです。 古宇利方言には,喉頭音化した破裂音と喉頭音化しない破裂音の対立がありません。これは北部方言としては珍しいことです。また,古宇利方言ではラ行がヤ行に変化しています。古宇利方言は,島として孤立しているために,今帰仁村内の他の集落と方言が大きく異なるだけでなく,屋我地島や他の周辺地域とも異なっています。
また,古宇利方言では形容詞の語尾は「ヘン」となっています。 タカヘン 高い, サビヘン 寂しい, アタヤヘン 惜しい
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